Here We Go to Narita Airport
Here We Go to Narita Airport

     品川駅の通路を、2日前に原宿に向かったときとは反対方向に進む。成田エクスプレスの乗り場を示す表示「NEX」が見えた。13番ホームだ。7号車の後ろ側の入り口位置に降りた。ゲストに旅行鞄を渡して、チケットに印字されていた9号車の停止位置を探す。東京寄りに移動して、成田エクスプレスを待つ。そばスタンドの暖簾をみて何かと聞いたのだろうが、暖簾の文字を見て蕎麦屋だと答えた。また、登戸で見つけたスパゲッティハウスの話題になった。もしかしたら、好きなうどん食べ損ねたのかもしれない。横須賀線の電車を2本見送るくらいの時間があったのだけれど。1350分になり、成田エクスプレスがやってきた。出入り口のデッキを入った所に、旅行鞄などの大きな荷物を置く棚があった。盗難防止用のコイル状のワイヤが付いていたが使い方がわからない。「ワイヤを付けずに、そのまま置いておく」と言った。重い鞄を持ち上げて棚に載せた。座席番号を確かめずに2枚のチケットをゲストに渡したので、窓際にある座席の番号を見ながら進んでいくゲストの後に続いた。進行方向左側の2列の席だ。いつもどおり窓際がゲストの席。

Inside Narita Express Train
Inside Narita Express Train

     ホームのアナウンスなしで、発車したようだ。いつのまにか静かに滑り出した。品川駅を出るとすぐ地下に入る。見送られる側になって、スピードが上がっていくのを体で感じていた。ゲストが、廃棄直前のバナナを取り出した。台所に持ち込んでおいたバナナはとっくに食べ終わっていると思っていた。5日前に私がスーパーで買ってきたものだ。両端が軟らかくなった所は苦手だと言いながら、親指と人差し指で23回、たたくように挟んで見せた。ゲストとランチタイムの違う私は、きょうは特に空腹だった。気がついたら私の左手の上に載っていた。右手に載せ替えて、先端の柔らかそうな部分を皮ごと引きちぎって口に入れた。ゲストが真ん中の「美味しい所」を食べる。終えて、残りの柔らかい部分を差しだしたので、手に取って残りを口に入れた。品川を出たのが2時前だったから、昼食の時間はとっくに過ぎているのだが、ゲストはいつものように余り食べ物は口にしない。「生ものは機内に持ち込めない」と言いながら、バナナの皮を始末していた。

US Biometric Passport
US Biometric Passport

     新橋駅を過ぎて、ショルダーバッグからダークブルーのパスポートを取り出して目の前のテーブルに載せていた。「アメリカのパスポートの表紙が見たい」と言うと、そのまま手渡してくれた。中をめくらずに両手に載せて表と裏を眺めていると、パスポートの写真は写り方がおかしいと、そのページを広げて見せてくれた。証明写真はたいてい変な顔になっているものだ。お返しに、私の運転免許証の顔写真を見せて、私の方が崩れていることを確かめた。小さなICチップがついている部分 (biometric passport) を触りながら説明し、ページをめくりながら、アメリカのパスポートはオーストラリアのものと違っていて扱いにくいと言っていた。大きさなのかページの構成なのかは、わからなかった。両親がオーストラリア人で4歳のときからアメリカにいるので、自分はアメリカ人だと言った。ちなみに日本国旅券の大きさはISO規格でB7だ。手書きの住所を書いたカードがゲストの旅行鞄のタグに入っていたのを思い出した。まだ住所を聞いていない。出迎えたときに「Red Buoyant II」と書いたキャンパス・ノートを広げて渡した。両ページあいていたが、右側のページの上の方に氏名、住所の順に書いてもらった。このときまで、ゲストの住所はメールアドレスで、身元引受人はMary Ann。携帯電話の番号は成田からのメールに書いてあったが、WiFiの不具合で繋がらなかった。Mary Annの場合、携帯番号・自宅の電話番号・住所などほとんどの情報をネット上に公開している。アートに興味をもった子供がいつでもアーティストと連絡がとれるようにしているとホームページに出ていた。いたずら好きなアーティストは連絡してはいけない。ノートに黒いボールペンで書いてもらった数字の「7」に横棒が入っている。よく見る「7」のもうひとつの書体だ。「9」に見えないことはない。尋ねると、住所の数字に続いて、通りの名称を読み上げてくれた。これでボルチモアの自宅まで来られるとか。書いてもらった住所は「文通」するわけではないので、あれ以来使っていない。誕生日のプレゼントは、この「ミッション・ポッシブル」のホームページだから、URLを使えばよい。それでも手書きの住所は、手書きの手紙のような温かみを感じる。文字の大きさ、配置や行間など個性が詰まっている。名前の最後の文字「y」が下の行に書いた4ケタの番地の最後の数字に引っかかっている。メリーランド州を表す「MD」のDは、縦線を先に書いて巻き上げた曲線が左上に伸びていた。

Approaching Airport
Approaching Airport

           快適に走る電車が地上に出ると新幹線で見るような景色が窓の外に広がった。iPadの画面がひとりでにハイスピードで左側にスクロールされているようだ。近くの大きな建物は、後ろに消えていく。成田エクスプレスは新幹線よりすこし小型だ。横揺れもなく、乗り心地も快適だ。通路側に座っていたので、リクライニングシートの角のオレンジ色がきれいに並んでいるのを見ていると、滑走路を離陸し始めた機内にいるような気がした。通路の真上に路線と現在位置、到着時刻などを示す小型のモニターがある。しばらくそれを見ていると、ゲストの「あれは何。」という声がした。窓の外を見ると、見慣れた大きな筒状のアンテナが見えた。「スカイツリーだ。」私の方が先に見つけて、紹介したかった。急いでデジカメを取り出し、何回か試みて走る列車からスカイツリーの撮影に成功した。

We're getting off soon.
We're getting off soon.

     車内販売のカートが電車の進行方向から、ゆっくりと近づいてきた。ゲストが「何か食べるものが買えるよ。」と言ってくれた。ゲストは何にするかと聞いても、いつもの返事だ。座席のネットにCOKEが押し込んであった。上質のコーヒーとバナナとおせんべいで生きているみたいだ。私はおにぎり2個と温かい方の緑茶を注文した。ペットボトルの緑茶が出てくると思っていたら、熱湯と煎茶の粉末の入っている包みが、テーブルの上に載った。自分で入れる煎茶だ。見送りを直前にして粉末のお茶を撒き散らさないように慎重に封を切ろうとしたが、いつもの調子で袋の隅にねじれた跡がつくだけだ。面倒臭くなって、白湯にした。窓の景色を見ると田園風景に変わっていた。成田に近づいている。自分の名前は「灰の樹」という意味なのだが、そんな樹を見たことはないと言う。このとき、花咲か爺さんが灰をまいた「桜の樹」が思い浮かばなかったのが悔やまれる。数カ月後に、日比谷公園について文章を書いていて、庭園と公園の違いをWeb調べていたら、偶然「the difference between a maple and ash tree」という見出しを見つけた。「Ash trees」はトネリコ属の落葉樹で、野球のバットにもなる堅い丈夫な木だった。こんなときにはiPhoneがあった方がいい。何か動物の話をした後で、わが家には、高齢になった猫がいて、誰かが世話をしなければならないので、あまり長旅ができないと言うと、心当たりがあるらしく「そういうことだったのか」とゲストの母親も同じことを言っていたと話した。似たようなことがお宅にもあったのですか。ペットは、ときどき、ポーズを使って意思を伝えることがある。あれは立派なアーティストかも。ゲストがBathroomに立つ。前後どちらにあるのか尋ねられたが、私がちょっと前に前方の隣の車両へ行ったが見つからなかったので諦めたのと、先ほど男性が後方に向かったのを見かけたので、きっとそっちにあると伝えた。戻る席が分からないと困るのでと、ゲストはチケットを手に取って私に見せながら、通路の後方に消えた。      

Disembarking at Narita
Disembarking at Narita

     もう成田に着いた。快適な乗り心地だった。重い鞄を引っ張り、改札口を出る。しばらく歩くと、成田空港入り口のチェックゲートがあった。ゲストも予想していなかった。ショルダーバッグに手を入れてパスポートを出した。いよいよ、ここでお別れだ。いつもの顔つきと違って、ちょっと赤面したような顔つきで、「いろいろありがとう。書くから。」とメールを出すような手つきをしていた。キーボードを打つのか、手書きの方だったか、手の動きは覚えていない。ゲストの両方の手首を下か支えながら「こちらもありがとうと言いたい。」と返した。ブースから体を乗り出しながら、通り過ぎる人に手を出して身分証明書の提示を求めている。前の人に続いてゲストもパスポートを見せたあと、奥の方に進んでいった。振り向きながら手を振っていた姿が左の窓枠から消えた。「ミッション終了!」…