稲毛神社本殿の鈴
稲毛神社本殿の鈴

         やみそうだった雨が大粒になった。2人とも折り畳み傘を広げて再び稲毛神社の鳥居をくぐって境内を出た。市役所本庁舎へは、テレビや映画の撮影でよく使われている本館の正面玄関から入ろうと思っていたが、ますます雨が激しくなってきたので、ほかの入り口を探すことにした。北館の裏側に出入り口が遠くの方に見えたが、東館南側の出入り口の方が近そうだ。そこから中に入った。節電の掲示がなくてもわかるほどの、ちょっと薄暗い廊下を通って、少し奥まった所にあるエレベーターで3階に昇った。エレベーターの中の男性職員に、国際施策調整室の場所を聞いた。この部屋は、ゲストにメモを見せもらったとき、知った。アルファベットで書いてあった。職員も同じ階に用事があったようだ。一緒に降りて、目指す部屋のある方向を手で指しながら、教えてくれた。指示された方に進んだ。国際施策調整室の表示板はあるが入り口が見つからない。袋小路のようになった所に掲示板があった。川崎市の人口が書いてある。戻りかけていたとき、ゲストがその掲示物の写真を撮っていた。「東京の人口は」と聞かれたので、川崎市の数字を指さしながら、「この10倍ほどある」と答えた。勘で答えたので、後で調べたら、川崎市145万人、東京都1300万人、23区だけで900万人であることがわかった。日常の会話の中にはiPadは似合わないのかもしれない。調べている間に話題が変わることもあるだろう。正確な数字はわからなくても、おおよそのことでことが足りるだろう。

City Hall Avenue from Hello Bridge
City Hall Avenue from Hello Bridge

ボルチモアは1797年に誕生した都市で、人口は1950年から70年代にかけて900万人だったのが64万人まで減ってきていた。建国当時は合衆国で2番目に人口が多かったそうだ。Wikipediaによる情報です。別の男性職員が廊下の角を曲がった所からやってきたので、これから面会するKさんの名を書いたメモを見ながら尋ねると、ゲストがアルファベットで書いたメモを覗き込みながら名前を確かめたあと、入口の左にある表示板に載っている名前を確認してから、ドアをあけて中に案内してくれた。初めの予定では、私は外で待っていて、もし呼ばれたら中に入ることにしていたが、案内してくれた人が私のあとからついてくるので、ゲストに続いて入ることになった。

Kawasaki City Hall
Kawasaki City Hall

    挨拶をしながら、中に入る。広い部屋のどのデスクの上にも、縦置きにきちんと整頓した書類や横置きに積み上げた書類があった。子供の頃に入った学校の職員室のようだ。当時はまだなかった薄型画面のパソコンがところどころにあった。ほかの職員が私たちを見ている。挨拶すると返事が返ってきた。入ってすぐにカウンターがあった。その脇の狭いところを抜けると、大きな会議用テーブルが2つ平行に並んでいた。背もたれと座席が青いビニール製の少し大きめのパイプ椅子に座った。担当のKさんが書類の山の向こう側からこちらにいるゲストと挨拶を交わしている。言葉を続けながら、メモをもってテーブルに近づいてきた。ゲストの正面に着席しながら、初対面とは思えないほどの女性同士の和やかな会話が続く。Kさんの隣のデスクで中腰で調べ物をしていた若い男性が、ノートを1冊携えて、私に近い席に座った。オーストラリア出身で川崎市役所の国際交流員を務める大学院生のB.ブラウンという人だ。平行に並んだ2つのテーブルを挟んで係りの2人の向かい側にゲストが座り、私は3人を左右に見る位置に座った。

Supposed to be repainted soon
Supposed to be repainted soon

         私の正面には大きなガラス窓があり、稲毛神社の一部が見えた。左側に座った担当の2人があらためて自己紹介をしてから、ゲストも自己紹介を始めた。私はゲストの企画立案書の一部のGoogle翻訳を訂正した関係者として付き添っているらしい。ゲストとKさんは、事前にメールで打ち合わせをしていたことや、今回の提案を手始めにこれから煮詰めていくということだった。担当の2人はゲストが手渡した2枚つづりの文書に目を通す。皆さんが先ほど目を通したあの文面です。ゲストが7ページある自分の作成した文書をまだ手渡していないので、提出するよう促した。その中には2つのモニュメントの写真や事業を進めていくうえで、何段階にも及ぶ交渉について詳細に書いてあり、進捗状況を表す図面がカラーで印刷してあった。このときゲストは、かなり緊張していたことが後で本人から聞いてわかった。この日の私は、ゲストの父親の代わりに面談の付き添い人を務めていたのかもしれない。プレゼンの開始直後の文書の提出の段階で、すでにあがっていたのだ。緊張すると次第に大声になっていくという。そういえばだんだん音量が上がっていたような気もする。3人が質疑応答する様子は、テレビの画面か映画館のスクリーンを眺めているようだった。油断できないのは、その画面から突然、私に質問が飛び出すことだ。交わされている話の途切れるときが要注意。3人は、それぞれテーブルの上に広げたメモやノートにボールペンでメモをしながら聞いたり話したりする。ゲストは昨夜私が借りた赤ボールペンを走らせていた。担当の2人の会話は、なぜか日本語になったり、英語になったりする。担当者が4人いるみたいだ。話が途切れる所を見計らって、右手を軽く挙げて発言を求めた。昨夜、ゲストから聞いていた話の内容に、不足している部分があったので、日本語でKさんに伝えた。さらに原題と異なる「赤い浮き」のことや、ペイントの剥がれている部分があることも伝えておいた。後日、これをMary Annにメールで知らせたら、感謝してくれた。半年たってもペイントが剥がれたままだったので、この前、阿部市長あてにメールを出したら、1か月ほど後に、近いうちに修理するという返事が届いた。

川崎宿問屋場跡
川崎宿問屋場跡

           1時間ほどの企画立案についての質疑応答が終わり、ゲストは「言うべきことは伝えた。」と言った。来たときとはどこか違う感じの人になっていた。ほっとしている様子は読み取ることができた。企画が実現しなくても、とにかく卒論のテーマの1つの段階を終えたのだそうだ。階段を下りて、今度は正面の出入り口から出た。雨は小降りになっていたが折り畳み傘を広げながら、食事にしようと言ったが、「まだ空腹ではない。」と言われたので、私には昼食時間ではあったが我慢することにした。稲毛神社、市役所につづく、つぎの訪問先は、小田急線登戸駅に近い「岡本太郎美術館(Taro Okamoto Museum of Art, Kawasaki)と千代田線乃木坂駅に隣接する「国立新美術館(The National Art Center, Tokyo)」だ。どちらを先にするか、まだ決まっていなかった。妻からは「岡本太郎美術館」は、公園に入ったあと、歩く距離が長いから雨のときはやめた方がよいことと、「国立新美術館」は、週末は混雑するから注意することを聞いていた。雨が降り始めていたので、妻の提案にしたがって、乃木坂へ出かけることにした。

Used to be the main street
Used to be the main street

     ゲストが日本円を調達しなければならないので銀行を探すことになった。ちょうどY銀行の前を通り過ぎようとしていた矢先だったので、少しだけ戻って、奥の方にあたATMに並んだ。数回試したが使えなかった。出てきた紙片を持ってカウンターに行くと「時間がかかる」とか「別の銀行のカードは使えない」とか、丁寧そうだが門前払いをするような返事が返ってきた。日本語できちんと状況を説明したのですが。銀行を出て駅に向かおうとしたとき、「郵便局はないか」と言うので、これは特によく知られている英会話のセリフだと笑いをこらえながら、「いま来た道を戻った所に郵便局がある。」と教えた。左に曲がると、すこし先の建物に取り付けられたオレンジ色の看板があった。自動ドアが開くと、3つのATMを待っている1本の列に数人並んでいた。Y銀行のときと同じようにちょっと手間取ったが、奥から出てきてくれた職員の手助けもあって、カードで日本円の調達は完了した。ゲストと近くにあったセブン・イレブンに入る。ダイエット・COKEとおにぎりを手にしながら、「市役所での緊張は半端ではなかった」というようなことを言った。次のセリフは「ここでタバコは吸って構わないか」と郵便局の真ん前できくので、「ふつうは、ダメなのだが…」と前置きしてから、23歩、歩いてから「ここがいい」と私は答えた。小雨の中で、傘を差しながら、郵便局と隣の建物の隙間に紫煙を吹かせているゲストの姿を皆さんにも見せたかった。市役所で面会するために、いつものブーツを革靴に履き替えて、グレーのスーツを身に着けて、疲れ気味でおにぎりの入ったコンビニの袋を提げていることも忘れないでください。普段、飲まないというCOKEを飲みながら一服している背の高いアメリカ人女性であることも。屋外ならどこでも喫煙できると思っていたらしい。

Museum of Tokaido's Kawasaki Shuku
Museum of Tokaido's Kawasaki Shuku

いま立っている所は、江戸時代の幹線道路の東海道であることは伝えておいた。出てきたばかりのセブン・イレブンは当時、川崎宿の問屋場だったが、自分の腹ごしらえの方が大事だったので言わずじまいになった。吸殻はどうするかという仕草をしていたので、「雨で消して目の前にあったごみ収納箱の中に入れたらどうか」と言ってみた。「昨日立て替えた分だ」と目の前に千円札が4枚出てきた。おにぎりを持っていた手でその中の3枚を2本の指でいただくと、それで十分かと確かめてきた。「Sure.」                      つづく