main building (www.mica.edu/)
main building (www.mica.edu/)

     ちょうど1時間後にミーティング開始。部屋は少し寒い。エアコンのルーパーの向きがおかしいのだろうが、今はそれどころではない。いちおう挨拶は駅で済ませたので、まず今回の「ミッション」についてお話を伺いたいと伝えた。メールにあったように大学院生で卒論に取り組んでいることや、ボルチモアと川崎が姉妹都市になったいきさつについて、テレビのニュースでアメリカから届く副報道官の説明のような早口のプレゼンテーションが始まった。私がどのくらい聞き取れるかどうかのチェックをしているのではなさそうだが、とにかくテンポの早い、メリハリのきいた説明だ。今は、部屋中にアルファベットの塊が広がっているような感じだ。塊が大きくて私の耳になかなか入ってこない。私はソファーから身を乗り出しながら、ゲストの口元からぽんぽん飛び出して、居間に飛び交いながら広がっていく音に包まれながら、口元の動きを目で追う。チェサピーク湾と東京湾。羽田空港とボルチモア・ワシントン空港(ボルチモアとワシントンDCの間にあり、ボルチモア寄り)やダレス(Dulles)空港の話から始まった。地図で調べたら、ダレス空港は、ワシントンDCの西方にある空港で、テキサス州のダラス(Dallas)と違うことがわかった。川崎市が首都の東京と横浜に挟まれているように、ボルチモアも首都のワシントンDCとフィラデルフィアに挟まれていて、両市とも重化学工業地帯の中心であったことを話してくれた。川崎駅と東京駅の距離は約20km、ボルチモアとワシントンDCの距離は約60kmだ。居間でなく教室だったら、天井から大きめの地図が下りてくるところだ。アメリカ東部の13州は、ほかの州と比べると面積はあまり広くない。今まで、幾度となく州名と位置を覚えたつもりだが、使わないものはすぐ忘れる。大都市の位置については予備知識を仕込んでおいた甲斐があった。いろいろ説明をしながら、ゲストは私のうなずき方が、ときどき違っていることに気づいたはずだ。よくわかる話題とあまり聞き取れない話題があった。「予定表を送る」とメールには書いてあったが、届く前に本人が先に来てしまった。

gateway (www.mica.edu/)
gateway (www.mica.edu/)

            明日からの日程はどうなっているのか尋ねた。このとき初めて「明日、午前11時に市役所で面会する人がいる。」と切り出して、その理由や目的を説明してくれた。一番大事なことが後から出ることもあるのだ。切れ目が少ない眺めの文が連続するレクチャーになってきた。日本の公用語の1つに英語もあるものだと思っているのかもしれない。卒論のテーマにしているイベントの企画立案の話になった。話し始めたころとは違って、矢継ぎ早に多くの情報を詰め込んできた。ますます理解できないことが増えてきた。できるだけきちんと理解して差し上げないと失礼だ。それには少しでも文字になっていた方がいい。そうだ、明日、提出する文書類を持参してはずだ。部屋中が本当にアルファベットだらけになってきたので、書類提出を促した。奥から持ってきた「Thesis Draft 1」と題した1つに綴じた書類を見せてくれた。7ページあった。1ページ目と2ページ目にかけて日本語の文章が印刷してあった。尋ねるとGoogle翻訳による訳文を載せたのだと。ざっと目を通しただけだが、ほぼ全体が原文とかけ離れた許しがたい不自然な日本語で書いてあった。さっきまで私がゲストに話していた英語がこれほどひどいものではないことを願った。いきなり、1行目で、exchangeを「為替」と訳していた。ここでは「交換」だ。4行目は「交換」になっている。次のページの2行目では、主語が終わった所でいきなり、改行されていた。4行目を見ると、読点「、」が文頭に来ている。少しだけぐらいなら直しておけるだろうと、初めのうちはゲストが鞄から取り出した赤ボールペンを借りて手直ししてみた。市長あてに提出する企画立案書であって、授業開始の直前に教科書を翻訳した学校の宿題ではない。卒論の一部にもなるのだ。これを明日、市役所に提出する。係りの人が読む。だめだ。アルファベットだらけの部屋ではない自分の部屋で、じっくりこの重要書類を読んでみようと思った。夜も更けてきたので、ひとまず預かって、翻訳し直したものを明日の朝、渡すことにした。「パソコンで翻訳するときは、印刷したものよりUSBメモリーのデータをそのまま使う方が便利だ。」と言う。「この中にそのファイルがある。…」とファイル名らしい言葉を口走りながら、USBフラッシュメモリーを差し出した。ファイル名は聞き逃したが、ファイルを開ければわかる。先ほどの文面を探せばよい。でも、人さまのフラッシュメモリーをそっくり預かるわけにはいかない。大事なものではと聞いたが、「バックアップがあるし、他のファイルは見てもたいしたものではない。」と言った。メモリーにはゲストが通う大学院の写真付きのIDカードが付いていて、首に掛ける青い紐には、MICAと大学名が入っていた。それを取り外して渡してもらえると、思いきや、信じられません。IDカードの付いているフラッシュメモリーを持ち帰ることになった。

main building (www.mica.edu/)
main building (www.mica.edu/)

         帰り際に記念の写真を撮らせてもらった。さきほどまでの熱血先生の顔が、カメラの前の顔に変わった。皆さんに是非見せて差しあげたい。デジカメの記録では2117分だった。22時前に退出した。もっと早く引き上げるつもりだったが、気にしないという言葉に甘えさせてもらった。明日の朝11時に市役所で面会。隣に日枝神社があるので、参拝時間を含め、明日は9時ごろ出発する約束にした。ゲストは、他人の家に泊まるのは恐縮しているとジェスチュアを交えて丁寧な言い方で話していたが、こちらにとっては、TOEIC500ぐらいの生徒宛に850以上の上級英語を指導するインストラクターから突然、1週間前にメールがきて、きょう1日目のレッスンが終わったところだと言っておいた。パソコンもiPhoneTabletもない私が中高生の頃にはこんな贅沢なことは考えられない。いま、ここで、日常に使われている「獲れたての新鮮な英語」が聞ける、話して通じるか確かめられるので、こんな機会はめったにないことだと伝えた。玄関のドアに向かうとき、廊下で、苗字の読み方を、発音してもらった。語尾の「e」は読まないことは、分かったのだが、「s」が清音か濁音か分からなかった。先生と生徒のやり取りのように2回ずつ繰り返して確認した。私には「マリース」と聞こえた。後でわかったことだが、「奥さまは魔女」というテレビ番組の主人公サマンサの父親の名前と同じだった。

          USBメモリーをパソコンに差した。明日の朝、提出する書類と同じファイル名を探す。もらってきた7ページある文書についていたのと同じ名称のファイルを見つけた。まず自前の翻訳ソフトで機械翻訳を試みたが、相変わらず不自然な言葉遣いをしている。翻訳はLivedoorYahooもやってみた。どれもこれも不自然な日本語だ。あっという間に時間が過ぎていく。アルファべットだらけになっているきょうの自分の頭脳を信じて、私なりの解説書をつくることにした。高校入試問題の模範解答に出ている堅苦しい英訳よりは、できるだけ滑らかな日本語になるように、名詞句の語順や修飾語の位置を前後に補正したりして、直訳にならないよう心がけた。高価な商品を販売するときのパンフレットの粋な説明には到底及ばないが。「ひと固まりになった言葉の束」になると、英語も日本語もある程度前後の位置を変えても差し支えない。自分の理解できない語句は、2冊の辞典とネットで検索していろいろ調べながら進めた。ゲストの書いた「新しいメディアによる投影」は、2012年に汐留カレッタや東京駅で使用された「3Dイリュミネーションまたは3Dプロジェクションマッピング」であることが判明した。そういえば、そんなことを説明していたような気がした。修飾語がなくて、単語の意味が特定できない多義語は、カタカナ表記のままにして注釈を入れた。ゲストがGoogle翻訳しておいた部分を訳すだけでも数時間を要した。印刷するときにフォントは原文に使用されていたものに似たメイリオにした。完成したのは、115分過ぎだった。明日は早いので10部印刷し2枚にまとめてホチキスで留めた。英語漬けで少し疲れていたため、2部だけページの順序を逆にしてしまった。明日、書き込んで説明に使えるので、留め直さずにそのままにして寝た。

part of the presentation
part of the presentation

これがその原稿と説明文です。

《原稿》

Mission of Thesis

          The Kawasaki Light Exchange will explore the Sister City relationship established in 1978 between Baltimore, Maryland and Kawasaki, Kanagawa, Japan.  The commonality of both cities, from their industrial manufacturing history, to their proximity to a larger Metro ring area (DC and Tokyo respectively), will be explored through contemporary art works being produced in both cities.  The Kawasaki Light Exchange will explore and attempt to reinvigorate the relationship began thirty-five years ago, with the express aim to develop a more robust cross-cultural communication between the Sister Cities.  The work exhibited will focus on the concept of place as “home”, and how artists from the two Sister Cities might share commonalities in how home contributes to identity. 

          Kawasaki Light Exchange will use shared public space to produce a festival of new media projection, installations and animations that represent artists from both cities.  This festival will be anchored by Mary Ann Mears’ Red Buoyant (Baltimore) and Red Buoyant II (Kawasaki) to invigorate the artistic exchange that already has roots in the relationship. The festivals will happen simultaneously, surrounding Mears’ sculptures in the two cities.

《説明文》

          かわさき・ライト・エクスチェンジ(以下KLE)は、35年前の1978年に結ばれた神奈川県川崎市とアメリカ・メリーランド州ボルチモア市との姉妹都市としての結びつきをさらに深めることを目的といたします。重化学工業都市としての歴史もさることながら、それぞれが首都である東京とワシントンDCに隣接するという共通点をもつ両市で創造された現代アートワークを通して、異文化コミュニケーションの交流を一層深めていきたいと考えます。展示される作品は、創作するアーティストが各自の個性と生まれ育った故郷とはどのような関連があるのか、また両市のアーティストの共通点は何かという点をコンセプトにしたいと考えます。

          KLEの展示会場は、公共の場として使用されている空間を使用し、両市のアーティストの作品、アニメーション、そして新しいメディアによる投影(3Dプロジェクションマッピング; 2012年カレッタ汐留や東京駅で使用されました。)を使用してイベントを盛り上げていきます。今回のイベントは、ボルチモア市に設置されているレッド・ブイアントと川崎市に設置されているレッド・ブイアントⅡを制作したメアリー・アン・ミアーズさんが中心となって、芸術活動によってすでに深まっている姉妹都市関係を一層、深めていきたいと考えます。このイベントは、前述の両市にあるメアリー・アン・ミアーズさんの2つのモニュメントのある空間をメイン会場にする予定です。 

            ゲストは姉妹都市ボルチモアと川崎にあるMary Annが制作した2つのRed Buoyantという作品に関する論文と両市の共催によるイベントを2014年春に開催するという計画書の原案をもってやってきた。事前にメールで、川崎市総務局国際施策調整室の職員のKさんと面会する約束をしていた。ボルチモアを発つ前に川崎市役所に出かけることを父親に話したら、市長に会うと勘違いして、「それは大変名誉なことだ。正装しなければ」などと話が盛り上がったそうだ。市長に会うわけではない。                                          つづく