from TOMA pamphlet
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     現代アートを専攻するゲストから見た作品の解説を聞きながら、岡本太郎の展示は、ほぼすべて見終わった。出口に向かう。薄暗かった展示場から、日差しがガラス窓を通して差し込んでいる通路が見える。その先は、第16回岡本太郎現代芸術賞展(TARO賞)の会場だ。入り口で門番をしているのは、全身に刺青(いれずみ)を入れ、台座の上に立つ等身大の裸の男だ。じっと前を見据え、2人はふんどし姿で腕組みして、狛犬のように並んでいる。ねじり鉢巻きをしてひょっとこのお面を着けた太り気味の男が左側に立つ。右側には白い般若の面を着け、鍛えられた筋肉を見せつけている男が立っている。背中には、数匹の鯉が滝のぼりする刺青が彫ってあった。葉栗剛(はぐりたけし)の「男気(祭りより…)Chivalrous spirit (festival)」という木彫りの作品だ。

from TOMA pamphlet
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           裸の2人の男の間は通らず、背中を見ながら奥へ進んだ。係りの女性が前方から私たちに近づいてきた。無断で撮影はしていないはずなのにと思っていたら、壁に掛かったiPhoneについている付属品のような白いイヤホンとウェットティッシュの入った筒状の容器を指して、「靴をここで脱いで、中に入ってください。ひとつひとつの作品につけてあるイヤホンジャックを探して、イヤホンを差すと、いろいろな音を楽しむことができます。」と説明してくれた。少し間をおいてから「音が出てこないものもあります。」と付け足した。私は入り口の左に、作品の並んでない空間を見つけて上着を置いた。靴を脱いで、係りの人から聞いた通りのことをゲストに説明しながら、8個ほど提げてあったイヤホンの中から2人分のイヤホンの耳あて部分を備えてあったウエットティッシュで拭きとり、ひと組みゲストに手渡した。ゲストは中腰のまま、ブーツを脱いで、早速、入り口にあった黒いスリッパの左足の方を手に取り、その先端にイヤホンを差していた。右足の方の穴が見あたらないようだった。私は置いた上着のすぐそばに、見たこともない事務機があったので穴を探した。NECのロゴが左上に付いていた。大型のワープロに見えた。

from TOMA pamphlet
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           2人の女性がブースに敷いたカーペットに近寄って、私たちの様子を覗き込んでいた。先ほどまでいた係りの女性が見当たらない。代わりに、ここにある作品の楽しみ方を私が説明した。ゲストは先ほどのスリッパの音をまだ楽しんでいた。ゆっくりしたギターの調べが聞こえてくる。次に私は黒電話を試してから、部屋の中央にあったソファーに深く腰掛けた。ここにも穴がある。ほかにはテーブルの上のスタンド、床に置いて口を開けたケースに入ったバイオリン、壁に掛けた蝶の標本もある。机に載せたバスのミニカーは、扱い方が乱暴な子供のものだったのか、塗料があちらこちら剥げていた。波の音が出る帆船の模型を入れた瓶の栓にも穴があった。引き出したままの机の中に月球儀が入っている。ダイアルを回す旧式の電話機から出てきたのは、プッシュ式の電話機から出るトーンの音だ。

from TOMA pamplet
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     黒い大きな洋傘が壁に立てかけてあった。柄の部分にイヤホンを差してから傘を広げた。数人入れるくらい大きな傘だ。重い。激しく降りしきる雨音が聞こえ、実際に激しい雨の中にいるような感じがした。ロッキングチェアの裏で、床に置いた地球儀を試していたゲストに、傘を広げたまま声をかけると、耳に差したイヤホンを外した。「雨音がする」という私の声を聞きながら、柄の部分にもう1つ付いていた穴に下からイヤホンを差した。相合い傘で雨音を聞いた。このブースは「ものおと(to each their sound)」という副題のついた「エヘ(eje)」というグループの作品だ。入り口に定員8名という掲示があった。「この作品は、外で待っている人も、この中で音を聞いて楽しんでいる人たちを作品の一部だと思いながら楽しむ作品だ」とゲストに話してくれた。例えば、「モナ・リザ」という作品がある。この作品を鑑賞している人たちを、離れた所から眺めたときの風景も作品になるということだ。洋傘の横に、2種類の小さい薬缶があった。注ぎの部分が鶴の首のように長く伸びている。1つはお湯が沸騰し出したような音がする。もう1つの薬缶からは猫の鳴き声がひと声してから話し声が聞こえてきた。電話の呼び出し音や話し中の音のように、テーマとなる音がしてから、ギター演奏が始まるものもあれば、さきほどの波の音や雨音しかしないものもある。どのくらいこのブースにいただろう。2組のイヤホンをウェットティッシュで拭って、もとあった壁のフックに掛けておいた。よく見ると2人で1つの音を楽しむためのアダプターもあった。ブースを離れる前に中を見ると、4人の女性が視聴を楽しんでいた。

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          うろこをカラフルに仕上げた大きな鯉のぼりが壁から垂れていた。尾びれは床に広がっている。子供の成育を願う子供の日に揚げる鯉のぼりだ。先ほどの入り口で見かけた入れ墨に描かれた鯉の滝のぼりと比較するという話になった。説明に戸惑ったが、私の思ったことを正直に伝えた。池平徹平の「こいのぼり(絵画「2011年の沈黙」、立体・映像「こいのぼり」)」という作品だ。こいのぼりを揚げられない子どもの日に描いた「2011年の沈黙」と作者の言葉な述べられていた。

     この年の「岡本太郎賞」は加藤智大(かとうともひろ)の「鉄茶室徹亭(Steel tea room"Tettei")」という作品だ。周りを鉄とステンレスでこしらえた金属製の茶室だ。鉄筋を曲げた床柱、プロパンガスのボンベを改造した茶釜、床飾りはアルゼンチンで発見されたという隕石。茶道具一式すべて鉄でできている。茶室の中から、円形の窓を通して、先ほどのこいのぼりが見えた。すぐ近くには、内山翔二郎の「Never die」という作品がある。仰向けにひっくりかえった巨大な鉄製のゴキブリだ。ここから再び、2体の刺青を入れた裸の男性の間を抜けて出口に向かった。

母の塔
母の塔

          「TARO賞」の会場を出ると、ミュージアム・グッズの売り場があった。立ち寄ってみる。ゲストが先に進んで手に取って目利きを始めた。「美術館も博物館も、こういう品物はどこでも値が張る」と言いながら、ハンカチを畳み直したり、グラスを手にとっていた。出口に向かった。気がつくと、さきほど立ち寄ったレストランの中だった。昼食にありつけると思ったが、まだいいと言うので、外に出た。右にある階段をのぼりきると、高さ30mもある「母の塔」という作品があった。胴体部分の伸び方はEXPO ’70の「太陽の塔(Tower of the Sun)」に似ているような感じがした。「大地に深く根ざした巨木のたくましさ」「ゆたかでふくよかな母のやさしさ」「天空に向かって燃えさかる永遠の生命」を表している。原型が制作されたのは1971年、199810月から3か月かけて、塔の先端から完成させ押し上げては順に製作していくという特殊な工法で、ジャッキアップ工法という。大地から生えてくるように、塔はゆっくりと伸びていき、6回のジャッキアップを経て完成した。外装は、岡本太郎の「光らせるな、輝かせろ」というイメージを実現するため、「タローホワイト」という真珠色のクラッシュ・タイルを使っている。多摩川に面した高津区、二子神社にある、岡本太郎の母で歌人・小説家の、岡本かの子の文学碑「誇り」と向かい合うように建てられているそうだ。代表作に「母子叙情」「老妓抄」「生々流転」などがある。ひと回りして階段を下りて、前方の森を見ながら歩いていると、後ろの方で、犬の鳴き声がした。振り返ると、ゲストが小型犬に吠えられていた。「普段は、犬とは対話できるのに吠えられた」と悔しがっている。「いやな犬だ。(That’s a mean dog.)」といっていた。私は「日本語で吠える犬だから英語で話しかけても分からなかったのではないか」と応答しながら、ゲストの方に戻って、この犬に声を掛けてみた。やはり、吠えたが先ほどの鳴き声とは比べると、ややおとなしそうだ。「いつもは吠えられることはない」という悔しがるゲストの話を聞きながら、のぼってきた坂道をゆっくり下って行った。